えじそんくらぶの活動報告
会報(ニュースレター)一覧
目次
- 田中康雄先生のドクターのつぶやき(最近のADHD事情)
- 品川裕香さんの子ども支援最前線(上手に人に甘えるスキルが特別支援の現場でも必要かもしれない)
- 地域からの発信 東京E-CHAP紹介
- Dearずれちゃん とりあえず最終回
- もっと知りたい! 支援ウォッチング
- ズレちゃんの今日も元気
脳年齢は80歳代!?
私は最近、脳年齢を測定するゲームをしました。ワーキングメモリーと関係があるので、ある程度の結果は予想していましたが、まさか80歳代と出るとは・・・! 音読も、小5のLD傾向があるというお子さんよりもずっと遅く、そんなことから、私は子どもの頃いろいろ「できない子」だったことを急に思い出しました。
小学校低学年のとき、「読解力がない・音読が遅い」といわれていました。でも「ドッカイリョク」の意味がわからなくて「何がない」のかさっぱりわかっていませんでした。心配した母は、近所の元教師に勉強を頼み、それまで遊びほうけていた私は、勉強を学校外(元教師の家)でもやることになったのです。
その家には小さな男の子がいて、小1の私ができないことが、2つできました。それは「左右が分かること」と「一人で鼻がかめること」で、のちにLDと不器用さがADHDとともにあることが成人になって分かるのですが、その時は、ヨダレかけも取れない子ができるのに、小学生の自分は「左右もわからなかったし、鼻も上手くかめなかった」と小さな心を痛め、大きな屈辱を感じました。
その先生は、国語の勉強だけでなく、簡単な実験を1回やってくれました。実は、この先生の思い出は、「実験の楽しさ」と「左右がわからなかった、鼻がかめなかったという2つの屈辱」だけで、他は何も覚えていないのです。この後、読解力も音読も上達しませんでしたが、それで自尊心が傷ついた記憶もないので、あまり国語の勉強を無理強いしなかったのでしょう。その後、国語の成績は伸びませんでしたが、理科で初めて「5」を取りました。思えば、私の観察力・分析力はこのときの小さな氷の実験で開花し、これが、夏休みの理科の自由研究で2回賞を取ったり、薬学部に行くきっかけになったのかもしれません。人との出会いは本当に人生を変える力があるようです。
人生に影響を与えた体験といえば、私にとって「卓球」も重要な役割を持っています。
ADHDのある子には、運動が効果的といわれています。母が好きだったので、家に卓球台があり、小3から楽しく卓球をやっていました。その頃、卓球はマイナーなスポーツで、私の中学校の卓球部も選手が2名で廃部寸前でしたから、たいしてうまくもないのに、1年ですぐ試合に出ることになりました。クラスではなんとなく浮いた感じでしたが、卓球にはまって、放課後、熱中することが見つけられました。
キャプテンにもなり、キャプテンが遅刻はできないと必死に時間を守る動機づけができました。今考えると多動と衝動性は、卓球で大いに活かせたと思います。このクラブ活動で、ソーシャルスキルとライフスキル、ストレスマネジメントなど多くの事を学んだ気がします。
ある時、大きな大会のダブルスで準優勝しました。実は、県大会予選日と重なり、強いチームはみな欠席した状態だったんです。実力があるとはとても思わなかったけれど、幸運に恵まれて、「努力すればいいことがある」という貴重な体験ができたのは、ありがたいことです。いろいろできないことがありながらも、このような偶然のできごとによって「根拠のない自信」、いいかえればセルフエスティームの基本が、小中学生で構築されたのかもしれません。
NHKの「ハートをつなごう」で発達障害が取り上げられ、その収録で、発達障害があるという方がたとご一緒しました。先生や友人からひどいいじめがあったけど、親から成績が悪いことで怒られたことはなかったから、「自分が基本的に好きだ」といっていました。もうひとりは、親から否定されて育ったせいか、「自分が好きと感じたことがなく、自己肯定感がもてなかった」といっていました。今回も「誰か一人でもいい、セルフエスティームを高めてくれる人に出会えること」が大切という、いつもの話にまた戻ってきてしまいました。
家族、学校(クラスや部活)、地域(塾、学童、お祭り、お稽古ごと)、職場(アルバイトも含む)、パートナー(恋人、配偶者、仕事上のパートナー)そのどこかで「自分の居場所」を持つことができ、短所やできないことも含めて、受容してくれる人との出会いがあるかないで、人生が変わってくる気がします。
発達障害のある子ども本人は、決して怠けているのではないし、努力してもできないある種の限界もあります。それに気がついてくれて、「そのほかのいいところに目を向けてくれる人」に、ひとりでも多く出会うことで、子どもは自分を責めることなく、「自分で自分のいいところを見つける目」が育つのだと思います。私の1年生の家庭教師の先生は、そんな大人の一人だったのだと思います。
ところで、「なんであんなに早くしゃべるのに、音読が遅いの?」と聞かれますが、LDがあるからなんです。私は、いまだに音読も遅いし間違えるし、リボンやスカーフを結ぶのも時間がかかりきれいにできません。なにせ、前頭前野は80歳代の脳なんですから。でも、今月は2冊の本つくりに参加しました。アンバランスの脳だからこそ(?)できることもあるのです。