えじそんくらぶの活動報告
会報(ニュースレター)一覧
目次
- 田中康雄先生のドクターのつぶやき
- 品川裕香さんの子ども支援最前線(ADHDのある大人に聴く「今日までのわたし・これからのわたし」女性編)
- 地域からの発信 北大・講演会情報
- Dearずれちゃん
- 情報あれこれ
- 投稿 ・編集後記・
- ズレちゃんの今日も元気
カリスマティックアダルト
えじそんくらぶの会の東京EAST23のスタッフが中心となって東京での指導者養成講座が
2月に開催され、定員を超えた申し込みをいただきました。ありがとうございました。
この講座でテレビドラマのような劇的瞬間を参加者が共有しましたので、ご紹介します。
えじそんの会員の方で、ご自分もお子さんもADHDと診断され、学校には色々嫌な思い出があるAさんという親御さんが、この講座に参加されていました。当然Aさんの学生時代にはADHDを知っている先生はいませんでした
「やりたくてもなぜができない」そんな思いは理解されず、ほとんどの先生は叱責して、Aさんはますますやる気がなくなり、成績も振るわなくなり、中学ではほとんど1と2
だったそうです。そんな中、たったひとりAさんを認め、ほめてくれた英語のB先生がいて、4をくれたというのです。その先生との出会いで、英語が好きになり、とうとう短大の英文科を卒業したそうです。B先生には卒業してからあっていないけどすっとお礼を言いたいと思っていたそうで、まさにAさんにとって、目標となり、人生に影響を与えるカリスマティックアダルトと呼べるのがB先生だったのです。そして。そのB先生が、東京での指導者養成講座にAさんとともに参加していたのです! 50名を超える参加者の中、なんと偶然に同じグループでグループワークをしてお互い気がついたそうです。
A さんの感動的なお話とともに紹介されたB先生は意外にも静かに「自分は当時新卒で、どう、生徒と向き合っていいか正直わからなかった、そんな生徒さんの一人がAさんだったから、特別な事をした覚えがないのです」こう感想を述べられました。私たちはこのエピソードに深く心を打たれ、会場は二人への大きな拍手で一杯になりました。
このB先生のように、自分では「相手に影響を与えよう」とか「相手を感化させよう」とか「相手を変えよう」とへんに気合を入れて意気込むのではなく、ただそのときの相手をよく見て、自然体でこうしたほうがいいと思った事をやる、それもやってあげる、支援してあげるではなく、「自然に気がついたらやっていた。」そういう先生が意外と軽度発達障害のある子への適切な対応をしてくださるケースがとても多いのです。
私が講演会などで、支援のヒントに関して話すと感想の中に「もうすでにやっていた、自分のやり方が間違っていなかったことが確認できてよかった」という先生方が必ずいるのです。その方はきっと本人は気がつかないうちに、B先生のように、だれかのカリスマティックアダルトになっているのかもしれません。
実はそのB先生にはもうひとつのエピソードがあります。B先生はいろいろあって、学校をおやめなった後、偶然私の講演を聴いてくださり、また学校の現場に戻ろうと思い、今は学校で相談員をなさっているそうです。その方が、「高山さんの講演を聞いて、学校現場にもどるきっかけになり、この講座にも参加したんです。」といってくださり、わたしはとてもうれしかったです。
アメリカ留学から帰国直後の講演では、参加者の方に変わってほしい(特に校長先生など先生に)、ADHDをわかってほしいという思いが強く、私はすごく肩に力が入っていたと思います。理論的にADHDを説明したりアメリカの現状などを解説したり、自分では気がつかなかったけれど、今考えるとある種えらそうな「私の雰囲気」が言葉からにじみ出ていたのかもしれません。そういうときの感想文は、「お金がなくちゃできない」「やることが多くてできない」「こんな子は日本にはいない」というものがけっこうありました。
ところがあるときから専門家として理論だけを話すのではなく、ADHDのある当事者として自然体で話をするようにしました。そうするとなぜか自然に「障害観が変わった」「自分でも何かできる気がする」「これから何ができるか学校全体で考えたい」という内容の感想が増えたのです。
そんな最近の一つの講演会でB先生との出会いがあり、養成講座でB先生から「高山先生こそ私のカリスマティックアダルトです」といわれ、感動しつつも、やはり「私は特に何かやってない、ただ自分の体験談を話しただけ」という同様の感想でした。カリスマティックアダルトやサポーター的存在の人の多くが、「意識してなかった、自然にやってた、別に特別な事をした覚えはない」という感覚を共通して持っていることは、本当に興味深いです。究極的には、その人の「価値観というか、人生観やあり方」が自然に会話に出て、相手に影響を与えるということでしょうか。(高山恵子)